SMにおける信頼とは
「SMは信頼関係が大切」
最近は特に、そんな言葉を目にしたり、耳にするようになりました。
語ることさえ無粋なのかもしないと思ったりもします。
それくらいに当たり前のこと。
けれど、今、SMはそれだけ明るい場所まで出てきていて、多くの人の目に触れるようになったのだと思います。
信頼についてはKNOWLEDGEの「SMを楽しむために、知っておきたいこと」という記事でも触れています。
これといった近道はなくコミニュケーションの積み重ねによってしか、得られないものだと私は思っています。

じゃあ、その信頼って何?
そんなことも考えたりします。
セッション中だけでなく、それ以外も含めたコミニュケーションの中で、信用の積み重ねが確かな信頼へと繋がっていく。
それは、きっとそうなのでしょう。
だけど、「私は、あなたを信頼しています」と言えた時・思えた時、その人の何に対してそう感じたのか?
すぐには分からないことも多いくらいに、信頼って、とても感覚的なものです。
だいたいはいくつもの言葉のやりとりや細かな行動を通して、人柄やその人物に対して感じるものだと思います。
そして、その中には相手の持つ技術や知識、それを得ようとする姿勢も含まれているのではないでしょうか。
SMを本当に楽しめるかは、技術や知識が全てではありません。
いちばん大切なことはお互いの求めているものを合わせられるか。
もしも、合わなくても、じゃあ気持ちを合わせられるか。
そこだと思っています。
それでも、S側・責める側は技術や知識を得ようとする努力は絶対に必要なんです。
自分の欲望を形にするため。
相手を守るため。
安心して楽しむために、決して怠ってはいけない部分です。
繊細な場所に触れる時、危険なプレイをする時、こちらがどこまで調整し、気遣っているかなんてマゾたちは知らなくて良いと思っています。
涼しい顔して必死さなんておくびにも出さないけれど、S側・責め側の人々や私たち女王は本当に必死にいろんなことを学んでいるんですよ。
もしも学んでいないなら、学ぶべきなんです。
私はそう思っています。
中には得ようと思ったら、何年もかかるような技術や知識もあります。
でも、それだけの価値があるんです。
自分がしたいSMのために必要なパーツが、その時はバラバラであっても、少しずつ手に入って、次第に組み上がっていく。
そんな楽しみは、すぐに手に入るインスタントな楽しみとは全く違うものです。
相手と、SMと、そして、自分の欲望と。
向き合っていると感じられたなら、そのSMは自分にとっても相手にとっても魅力的なものになります。
そして、心からSが楽しんでいる状態は、どういうわけかMからの信頼にも繋がったりするから面白いものですね。
「自分という存在で、一緒に、楽しんでくれる」
そんな信頼の形もあります。
今回は少し違った視点から信頼について書いてみました。
信頼とは、やっぱり積み重ねていくものなのでしょうね。




